猿の見る夢~千夜一夜物語現代語化計画~

マルドリュス版千一夜物語(筑摩書房)を現代語に書き換えてみます。ちまちまと完結を目標に。

第二夜①~商人と鬼神の物語 その2~

前回のあらすじ

商人を助ける為におじいちゃん達が魔神に話を始めたよ。

 

夜になるとドニアザードは姉にせがみました。

「お姉さま、商人と魔神のお話の続きが気になって仕方ないの。ねぇ、お願い!」

「聞かせてあげたいのは山々だけど、王様のお許しがないと……(チラッ」

「俺も聞きたい(´・ω・`)」

「では喜んで」

シャハラザードは笑顔で語り始めました。

 

第一の老人の話②

尋常じゃない様子で泣き出した子牛を憐れに思った商人が牛飼いに殺すのを止めるよう命じた、そんな自らの体験を語る老人に魔神はすっかり夢中でした。

「この時、私の妻――つまりこのカモシカが人間だった頃です――がこう言ってきたのです」

老人はさらに続けました。

 

「ああ、あなた!この牛はまさに今が食べ頃だと思うわ。早く殺してしまいましょう」

そうは言われても一度可哀想に思ってしまった手前、どうにもその気になれなかった商人は結局そのまま連れて帰るように牛飼いに命じたのでした。

次の日、商人が休憩していると牛飼いがやってきて言いました。

「ご主人、すごい事が分かりました!これを聞いたら僕にご褒美をあげずにはいられないですよ」

「ふむ、言ってみろ」

「実は僕の娘は、ある老婆から学んだ不思議な力を使えるのですが、昨日ご命令通りに牛を連れて帰ったところ、急に顔をヴェールで覆って笑い、そして泣き始めたのです」

 

「まあ、お父様。他所の男性を家にお連れするなら先に教えてくださらないと!」

「なんだそりゃ、そんなもんどこにいるんだ。笑ったり泣いたり忙しいやつだなお前は」

「その子牛は、義理の母親から魔法をかけられたご主人様の息子さんよ!息子さんが来たと思ったら牛の姿で思わず笑ってしまったのだけれど、同時にこの方のお母様も牛の姿のままご主人様に殺されてしまったのが分かって私……」

 

牛飼いの話を聞いた商人はすぐに彼の家へ向かいました。

家で待っていた牛が父親の姿を見るなり喜んで転げ回っている中、商人は牛飼いの娘に言いました。

「頼む、その不思議な力で息子を元の姿に戻すことはできないだろうか。もしそれが叶うなら、貴女のお父上に管理してもらっている私の家畜や財産を全てあげてしまっても良い」

「ご主人様、ありがたいお申し出ですが、二つ条件をつけさせてくださいませ。一つ目は息子様との結婚。二つ目は犯人に私が魔法をかけるのをお許しいただく事です」

商人がこれを承諾すると、娘は小さな銅のたらいに水を張って呪文を唱えました。

「もしアッラーが貴方を牛として作ったならそのままで。もし魔法にかかっているのなら創られし形に戻り給え」

娘が牛に水をかけるとみるみる内に人間の姿へと戻りました。

商人は感動のあまり息子に飛びついて抱きしめました。

「お前とお前の母さんがされたことを私に教えてくれ」

そして、牛飼いの娘が言った通りのことを息子に告げられた商人は、すぐに二人を結婚させました。

 

「その後、もう悪さが出来ぬよう娘が魔法で私の妻をこのようにカモシカに変えてしまったという訳なのです」

話し終えた老人を見ながら魔神は唸りました。

「ううむ、なかなか不思議で面白い話だった。約束通りこいつの血の三分の一は許してやろう。だが、残りの三分の二は取ってしまうからどちらにせよ死んでしまうだろうがな」

すると、二匹の犬を連れた老人が進み出て言いました。

「では私の話も聞いてみてください。もし面白ければもう三分の一をお許しいただけませんでしょうか」

「ほほう、話してみるがいい」

 

第二の老人の話

「この二匹の犬ですが、どちらも私の兄なのです」

デジャブを感じる出だしで老人は語り始めました。

 

昔、まだ老人が若い頃。彼の父親が亡くなった時、遺産として遺された三千ディナール(今だと一億五千万円くらい)を兄弟で分け合い、彼は商売を始め、兄は隊商と共に外国へ旅に出てました。

弟が地道に仕事をしながら一年が経つ頃、兄が一文無しになって戻ってきました。

「兄さん、だからいきなり旅に出て稼ごうとするなんて止めておけと言ったじゃないか」

「そんなこと言われても一文無しになっちまったことには変わりないんだよ!」

逆ギレしながら泣き喚く兄に対して、弟は身なりを整えてあげたり食事の世話をしてあげたりした後で提案しました。

「この一年間で稼いだ利益をきっかり半分わけてあげますから、また一緒に頑張りましょうよ」

計算してみると、資本を除いた純利益は千ディナールもありました。

それを約束通りに兄と等分し、今度は兄弟揃って仕事に打ち込みました。

ところが、しばらくすると二人の兄はまた旅に出たくなり弟を誘い始めました。

「僕が旅に出たくなるほど二人は稼げたの?文無しになって帰ってきただけじゃないか」

ぐうの音も出ない正論を返された兄達はブツクサ言いながらも弟の心を動かす事は出来ず、堅実な商売を続けました。

 

それからというもの、毎年毎年実に六年もの間「旅に出て一発ドカンと稼ぎたい」としつこく言い続ける兄に根負けした弟はついに一緒に旅に出ることを了承してしまいました。

「けど、まず僕達の手元にある六千ディナールの内の半分は万一何かあった時の為分けておこう。残りそれぞれ千ディナールずつ持って商売に使おうじゃないか」

そう提案すると、各々調達した商品を船に積み込んで出発しました。

 

続く