第一夜~商人と鬼神の物語~
前回のあらすじ
やっと語りが始まるよ。
シャハラザードは言いました。
「昔、あらゆる国々を渡り手広く商売をし、莫大な富を築いた商人がいました」
商人とイフリートの物語
ある日、商人は馬に乗って取引の為に地方へ出発しました。
すると、段々と日差しが強くなってきて酷い暑さに襲われました。
商人は一本の木の下に腰をおろして休憩し、持ってきていたナツメヤシの実を食べ終えると、その種を遠くへ投げ捨てました。
すると突然、目の前に大きなイフリートが現れました。
イフリートは剣を振りかざしながら叫ぶように言いました。
「よくも俺の子どもを殺したな。貴様も同じ目に遭わせてやる」
訳が分からず動転するも、身の危険だけは強く感じ取った商人はやっとの思いで尋ねました。
「い、いったい私は何をしてしまったのでしょうか」
「先ほど貴様がナツメヤシの種を投げた時、ちょうどそこの空を通りかかっていた俺の息子の胸に当たったのだ。俺はすぐに息子の傍に来たが即死だった」
自分がとんでもない事をしてしまったと理解した商人はイフリートに言いました。
「偉大なる鬼神様、どうか頼み事がございます。私は多くの富を持ち、また妻や子どもがいる身ではございますが、家には人様からお預かりしている物もたくさんあるのです」
「だからどうした。それらを俺にやる代わりに命乞いでもするつもりか」
「いいえ、そうではございません。しかるべき物を、しかるべき人へお返しするまでお待ちいただきたいのです。それが済みましたら必ず貴方の元へ戻って参りますので、その時はどうか私を好きになさってください」
商人の覚悟を感じ取ったイフリートはそれを信用し、一時彼を解放してやりました。
家に戻った商人は、その後あらゆる関係を清算し、仕事の取り引きをつつがなくまとめていきました。
事の次第を打ち明けられた妻と子や親戚達は悲しみに暮れましたが、それでも商人は全ての準備を終えて約束の場所へと向かいました。
商人がイフリートと出会った木の下で待ちながらその身の災難を嘆いていると、一人の老人が鎖で繋いだカモシカを引き連れてやってきました。
「こんな所で何をしているんです?この辺りは魔神が出るとかで恐れられている場所だよ」
商人はこれまでに起きた出来事を老人に伝えました。
「そうまでしてここに戻ってくるなんてアンタはすごいお人だ。こうなったら結末を見守るまでは帰れないわい」
そう言うと老人はそこに座り込みました。
商人が老人と話をしながらさらに待っていると、今度は二頭の黒い猟犬を連れた別の老人がやってきました。
同じように疑問を持ったその老人に、同じように商人が教えてやると、やはり同じようにその場に座り込みました。
またしばらくすると、今度は一頭のムクドリを連れた老人が通りかかり、そして同じ事が繰り返されました。
そうこうしている内に、商人と三人の老人の前に、一陣の砂煙と共にあのイフリートが姿を現しました。
「さあ、約束通り俺の息子をお前が殺したように、俺が貴様を殺してやろう」
火花が迸る目を怒りに震わせるイフリートに恐れおののく一同でしたが、カモシカを連れていた老人が泣きながら言いました。
「ああ、魔神様!どうかお願いいたします。今から私がする、私とこのカモシカとの話をお聞きになり、もし面白いとか不思議だと思われたならこの商人の血の三分の一をお許しいただけませんか」
「ほほう、いいだろうご老人よ。お前の話が面白かったらだな」
かくして、カモシカを連れた老人は語り始めました。
第一の老人の話
老人は言いました。
「実はこのカモシカ、私の妻だったのです」
それは老人がまだ商人だった頃。
結婚してから三十年近くも連れ添った二人でしたが子宝に恵まれず、妾を取る事になりました。
すると、すぐに妾は子を宿し、男の子が産まれました。
その子が十五歳になる頃、商人は大事な取り引きの為に遠い地方まで出かけなくてはなりませんでした。
実は商人の妻は魔術や妖術に詳しく、嫉妬に駆られた彼女は商人が留守にしている間に妾とその息子を牛に変えてしまいました。
しばらくして商人が家に戻ると妻は言いました。
「あの妾と息子は行き先も告げずに家を出て行ってしまいましたよ」
悲しんだ商人でしたが、いくら探しても二人の姿は見つからないまま一年の時が過ぎました。
お祭りの日、商人が召使いから牛を連れてこさせ、捌こうとしました。
すると、その牝牛が涙を流しながら悲しい声を立てて泣き始めました。
自ら包丁を振る気になれず、商人が召使いにやらせると、不思議な事にその牝牛は肉や脂が無く骨と皮ばかりでした。
ガッカリした商人は召使いに言いました。
「次はよく肥えた牛を連れてこい」
ほどなくして一匹の子牛が連れてこられましたが、その子牛は商人の顔を見るや綱を切って彼の元へ走り出し、足元を転げ回りながら涙を流し始めました。
あまりの様子に可哀想に思った商人はもう一度召使いに言いました。
「別の牛を連れてきてこいつは残しておけ」
ここまで話したシャハラザードでしたが、外から日の光が差してくるのを見て口を閉じました。
すると妹のドニアザードが言いました。
「ああ、お姉様の声って本当に素敵!お話も面白くってずっと聞いていたくなるわ」
そんな妹のアシストにシャハラザードが答えます。
「ふふっ、これはまだまだほんの序の口よ。もし王様が私をまだ生かしてくださるのなら続きもお聞かせできるのですけど(チラッ」
「めっちゃ気になるやん……とりあえずお仕事行ってくる(´・ω・`)」
その日の昼間、もう自分の娘が殺されたと思っていた大臣は暗い気持ちで仕事をしていましたが、王様が一向に次の処女をと言い出さないまま日が暮れたので驚き過ぎて大変な事になったけどそれはまた別の話。
そして、第二の夜が始まったのです。
続く